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堀内を歩く

2010年7月4日(日) 葉山郷土史研究会のメンバー15名が元図書館館長の矢嶋信幸氏の案内で堀内を歴史検証のため歩きました。

案内の矢嶋信幸氏。
出発点の図書館が建っている場所には昭和5年に国道ができるまで原邦造別荘があったそうです。

サンゴジュの生け垣が美しい奥井邸を過ぎ、葉山らしい旧道

ジョナサンと手前のクスノキあたりに稲葉直道元子爵の洋館がありました。

東伏見宮(ひがしふしみのみや)別邸の洋館が奥にある あけの星幼稚園の入口。
洋館は大正3年に建てられ戦後占領軍に接収され、昭和27年イエズス孝女会が購入。

東伏見宮周子(かねこ)妃殿下は現在東側にある日本家屋に住まわれていました。

洋館は現在イエズス孝女会が管理。

元足立正邸である美しい洋館が奥に見えます。

足立氏は王子製紙、日本商工会議所会頭でした。

子守地蔵。
地蔵は200余年放置されていたのを里人が掘り起こし別地にまつっていました。

昭和9年にあった小学生の交通事故を機に現在の地に堂を建てて地蔵を移したそうです。

寺畑。
光徳寺飛び地の墓地。寺で以前使われていた鐘が鐘楼に置かれています。

寺畑の山上から海を遠望。逗子の花火がよく見えるそうです。

寺畑の山上から東伏見宮邸を遠望

すだい田(すだれ田)。
矢嶋信幸氏所有の田。葉山小5年生の総合学習の米作りの場。4クラス130人が田植えをしまし

た。破砕帯の湧水を利用しているので、水温15~16℃で冷たいです。田の幅が狭くすだれの

ようなのですだれ田、すだい田と呼ばれています。

三の谷戸川の入口。
新宿区の小学校の合宿所である木造二階建ての家があり、夏休みにはバスを連ねて臨海学校に来ていたそうです。森戸海岸で水泳訓練をしていたとか。
今はテニスコート。

     平松地蔵への段々。

     平松地蔵。
     松の大木が倒れそれを用いて作った地蔵とのいわれもあります。祠(ほこら)に平枩と書かれて

     いるのが興味深いです。

あじさい公園。
平山ホテル跡地。明治26年建築とされる洋館があり、外国人が多く宿泊していたそうです。
矢嶋信幸氏も子どもの頃、そこでジュースとクッキーをごちそうになったことがあるとか。

洋館は昭和53年にとりこわされましたが、使われていたジェラール瓦が町に保存されています。

光徳寺。
味の素創始者、鈴木三郎助の菩提寺。立派な墓所があります。向原から寺への道は三郎助が造りました。

小井戸。
昭和8年に県営水道がひかれるまで多くの家で水汲みをしていたそうです。年間を通じて同じ

水量の湧水。

取材:岡田裕恵